自由とは…
やけにタイトルが振りかぶってしまいましたが、、、
先日テレビの有料チャンネルで、アメリカの俳優ロビン・ウィリアムズさんの
追悼番組として『いまを生きる』をたまたまやっていて、
公開当時以来、久しぶりに観ました。
「自由って、なんだ?!」を真っ向から問う。
やっぱり、いい映画だったなあ。
最初に観たときより際立って感じたのが、
少年たちの自由の芽をつぶそうとする、大人たち(親や教師)のグロテスクさ。
でも、まあ若いうちは、多少は大人と衝突したり行く手を阻まれたりするもんですよね。
不思議なことに、自由を求めるこころは、
邪魔されればされるほど、むくむくヤル気がわいてくるもの。
それは誰しもおぼえがあるんじゃないだろうか。
邪魔されたからといって、ヘコんで、やめてしまうのだったら、
むしろやめたほうがいいに違いない。
「だって、○○だからできない」「どうせ自分は△△だから」とか言ってるうちは
たぶん本物じゃないのでしょう。
ただ、自由に生きるといっても、誰かの影響を受けたり
お手本にしたりしないわけにはいかない。
そして、人と自分をくらべてしまったり。
「自分はここまでだ」と見限ってしまったり。
そうやって、こころの自由を、自分で奪ってしまうか、
自由なこころを手に入れるかは、やっぱり自分しだいなんだ。
自分を自由にできるのは、自分しかいないし、
そういうふうに自由を獲得できるのが、ほんとの大人ってもんかもしれないなあ。。
この映画の大人たちも、そんなに子どもをかまってるヒマがあったら、
ほかにいくらでもすることあるはずなのにな。
…と、映画を観て思ったのでした。おしまい。